消えゆくローカル線②

2011年夏。

この年はクルマで北海道内を回っていました。
1週間の日程で道東を周り、やがて旅も終盤に差し掛かり、道内最後の夜として留萌の黄金岬にテントを張った時のことでした。

日本海に沈むトパーズ色の夕陽を眺めてていると、背後からガタンゴトンというレールの音が聞こえてきたのです。
夕陽を見終えて音のあった方向に行ってみると、草むらの向こう側に2本のレールが。柵も架線も無かったので気付きませんでしたが、そこにはJR北海道の留萌本線が通っていたのです。

次の日。日の出とともにテントを畳み、向かった先はJR留萌本線の「礼受駅」。夜のフェリー出港時間まで時間があるので、気まぐれ鉄道ぶらり旅というわけです。

礼受駅。見よ、このどうしようもない最果て感。
ここは当然無人駅なのですが、それよりもSLの車掌車をでーんと置いて魔改造しただけのこの駅舎。元は60年ほど前に造られたヨ3500形というものらしいですが、博物館で展示されてるものがここでは現役なのでした。ワイルドだろ〜?

スッカスカの時刻表。
表にするより、列車が来る時間だけ書いとけばいいのでは?と思ってしまいました。もはや通学用に残しているとしか思えない内容で、時間によっては1本逃すと次が来るまで5時間以上。仕事や買い物の足としては…正直厳しい。


間もなく砂利敷きのホームに入線してきたキハ54形気動車(ディーゼル機関車)に乗り込む。国鉄民営化直前に造られたこの車輌は、車齢はおよそ30年ほど。冷房はなく、車内の所々にJNR(Japan National Railway:日本国有鉄道)のマークが残るクラシカルな雰囲気な一方、車体は現代風のステンレス製。北海道の発展とともに拡大し続けた鉄道が一転して縮小を迎え始めた頃の車輌です。特急車輌のようにトイレがあるというのにもびっくりしましたが、これは無人駅にトイレが無いためかもしれません。


途中停車した朱文別駅。朝礼台かな?

そして、列車は終点の増毛(ましけ)駅に到着。
ホームには転落防止柵とかは当然なく、列車と間近でキャッキャウフフと触れ合うことができます。増毛はかつて昭和中期はニシン漁で栄えた港町で、いくつかの映画の舞台にもなりました。駅構内にはかつて貨物用側線やターンテーブル(転車台)があったそうですが、今は1面1線のホームがあるのみ。

ここで列車は折り返して留萌方面へ向かうわけですが、海と線路の間の国道にはバス路線があり、留萌本線と完全に重複しています。ただでさえ本数と利用者が少ない上に保線などのコストもかさむ留萌本線は、快適な道路が整備された現代ではもう役割を終えたのかもしれない。むしろ運行し続けている意味がわからない。情緒もへったくれもない言い方をするとそうなってしまいます。

しかし、かつての北海道はまともな道路もほとんどなく、網の目のように張り巡らされた鉄道こそが大勢の道民にとって広大な大地を移動する手段でした。廃止は避けられないけど、道内の発展を支えた鉄道がかつて留萌にもあった。その末期に立ち会えたことは貴重な体験でした。

留萌本線の留萌〜増毛間の廃止がまだ発表される前、まだ車内がガラガラの素の状態の留萌本線に乗れた事は幸運だったと思います。

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