列の割り込みを注意した僕を殴った男は、駅員に同行を求められるも一瞬の隙を見て逃げ出した。

逃げた先は、僕が乗る予定だった急行新宿行きの車内。そして発車ベルが鳴り始めた。


このまま逃がしてたまるか!

男が乗り込んだドアに近づくと、先ほどの駅員2人が僕の横をすり抜けて車内に飛び込んでいった。


「降りて駅長室まで来てください」

「嫌だ」

「これじゃ発車できないので困りますよ」

「うるせぇ」

「人を殴っちゃったんだから降りて」

駅員たちが説得するものの、男は頑として応じない。発車ベルはとっくに鳴り止んでいたが、電車は3番ホームに止まったままだ。子供のようにだだをこねる中年男に乗客たちの怪訝な目線が一斉に注がれている。


(なんて見苦しい奴だ…)

そして、応援も駆け付けて4人に増えた駅員に男は説得され、やっと電車から降りた。


「一体何があったんですか?」

駅員の1人に問い掛けられた僕と男が同時に口を開こうとした、その時。


「私全部見てました!」

声のほうを振り向くと、60歳ぐらいの男性が立っている。聞けばトラブルの一部始終を目撃していたという。助かった、地獄に仏とはこの事だ。一部始終がホームの防犯カメラにバッチリ映ってるとも限らないし、その時には証言してもらおう。

そう思い、さっそく目撃者の男性と連絡先を交換し始めた時…ふと横に誰かが歩み寄ってきた。見ると、なんと僕を殴ったあの男。

(なんでこいつがここに…)

そう思いながらも、目撃者が口頭で伝えてくれた連絡先をスマホの電話帳に手打ちで登録し始めた。すると、なんと横の男まで自分のスマホに登録しているではないか。

(何考えてやがる…)

男の不可解すぎる行動に少し混乱を覚えていると、間もなく改札の方から駅員たちの上長らしき人が来た。


「それではお二人とも駅長室までご同行頂けますか」

もちろん拒否する理由はない。

ただその前に吹っ飛んだメガネ…メガネ…あった。幸い誰にも踏まれていなかったものの、見事に傷だらけになっていた。

俺と相手の男はそれぞれ駅員達に囲まれながら改札を出て、駅長室へ向かった。その途中、男はおもむろにスマホを取り出して誰かに掛け始めた。


「あーもしもしィ、ちょっと出社が遅れます…ハイ…ハイ…いやーなんかぁ、今駅なんすけど変な奴のせいでェ…」


(変な奴…だと?)

男の前を歩いていた僕は、思わず振り返って真正面から睨みつけた。この馬鹿を今すぐこの場でぶっ飛ばして後悔させてやりたい。但しそれをやったら今までの我慢が水の泡だから、ただまっすぐに睨みつけて反撃の意思を伝えた。

(ただで済むと思うなよ…)

やがて、駅長室の扉の前に来た。

駅員が「関係者以外立入禁止」と書かれた鉄の扉を開けると、僕と男は別々の部屋へと通された。

(続く)