2002年、大学2年生のゴールデンウィーク。5月3日金曜日。快晴。
・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ暇だ。
なんてこった、虚空を見上げながら何度も同じ言葉しか出てこない。
待ちに待ったゴールデンウィークだったはずだけど、特に彼女もいないし予定もなかったので、この際バイトしまくって夏の北海道ツーリング代でも稼ごうと思っていた。
しかーし、あろうことかバイト先まで連休になってしまったため、超スーパー暇人になってしまったのだ。
「そうだ。今すぐバイクで摩訶不思議なアドベンチャーに出よう!」
思い立ったらすぐ行動!
僕はキョウヤのケータイにメールを打った。
題名:「樹海」
本文:「行くぞ」
ヴヴヴヴヴヴ!
送信してからわずか13秒で奴から返信が来た。13秒でメールが返ってくるというのはどう考えても異常なレスポンスだ。流石は暇人間の大先輩キョウヤ、週3回は仕事が無いだけはある。
題名:「・・・はっ?」
本文:「よしわかった。樹海GO!」
ようわからんが行く気はMAXらしい。
題名と本文との間に彼の脳内でどんなやりとりがあったのか・・・?
そして当日、R413経由で富士5湖の1つである山中湖を目指す!
この道はひたすら山をくねくね抜けていく国道なので、新緑の息吹を全身で感じながらコーナーリングを楽しめるお気に入りの道だ。
目を吊り上げて無理に飛ばさなくても、車体をひらひらバンクさせる度に意のままに操る喜びを感じられる。まぁローダウンとロングフォークのせいでバンクできずにミラーのゴマ粒になっている黒いバイクもいる気がするが、きっと気のせいだろう。
しかし、しばらく順調に走っていたその瞬間!
「カキーン!」
あれ?
こ・・・この音は何かがアスファルトに落下した音!
明らかにSPITFIREの何かのパーツである事が理解できた。
ミラーを見ると、追いついてきたキョウヤが超怪しいボディーランゲージでSPITFIREの異常を伝えてくる。
「おぃおぃ異常なのはお前だろ」というツッコミを押さえながら道路脇の空き地に停止した。
SPITFIREの様子を見てみると、タンデムシートを留めているボルトが無い!
すぐさま拾いに行ったので、これは大した事では無かった。
しかし・・・
「・・・・あれっ??俺のWild Heart号のブレーキランプがつかないよ~」
なんと彼は、ずっとブレーキランプが点灯しない状態で毎日走っていたらしい。
整備はしっかりね!(←お前もな)
キョウヤのバイクを直し、再びR413を西へと進む。
しかし流石は休日の日本だけあって早速渋滞である。
地球に優しいバイカーな僕はもちろんアイドリングストップさ(オーバーヒートが怖かったの)。
ん・・・?カーブミラーに俺達が写ってるぞ!
キョウヤ「おお、左側からマフラーが出てるみたいでカッコイイぜ!左右4本出しの2in4マフラーって出ないのかよ~」
・・・・がんばって左側に水道管でも装着したまえ。
そんなこんなで渋滞が終わり、突如視界が開けた。山中湖だ!
山中湖でーす!
とはしゃぎたいところだけど、さっきまでの渋滞で猛烈にトイレへ行きたい!安息の地を求めてトイレさがし隊が急遽結成された。
まずは地表から探し始めた。「ト、トイレどこだ?」
やがて上空からの捜索へ。「トイレ・・・!!」
さて花も摘みに行けたことだし、本格的に樹海方向へ向かうとしましょうぞ。
今度は順調に進み、夕方には青木ヶ原樹海のすぐそばにある精進湖に到着!
なにやらわたあめのような不穏な雲がたちこめ始めた。
今夜はこのあたりで野宿をするから、デイリーヤマザキで食料をしこたま買い込むぜ。野宿はホテル泊と違って命の保証がないので、どんな盗賊やモンスター共が襲ってきても勝てるようにパワーをつけておかなければならないのだ。
「その肉まん全部ください」
ふははは、どうだ見たかこの豪快な買い占めっぷりを!
(元々2つしか置いてなかった)
そして僕たちはいよいよ迷いの森へ足を向けた。
ここが噂の青木ヶ原樹海の入口!果たして生きて帰って来られるのか・・・
「うぅ・・俺が間違っていたよ父さん・・・」
「俺達はこんなとこで終わっちゃいけねぇ、前を見つめて歩き出すんだ」
そしていよいよ樹海の中へ。
樹海の奥はゲートで封鎖されているので、そこまでバイクで乗り込みます。
いよいよダート初挑戦。気合い入れて行こうぜ!
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・・・・・・・・・・。
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きっかけは些細な好奇心だった。
バイクがあれば、それまで無縁だった世界へ簡単に行ける。
そして怖いもの見たさの19歳は、平和な日常を抜け出して刺激を求めはじめる。人々に忌避されている、よどんだ空気が漂う迷宮の森にさえも。
樹海の入口から薄暗い林道へ進み始めた。
その奥は、自分の回りに当たり前にあったはずのものが一切存在しない世界。先へ進むほどに、国道の車の音も、携帯電話の電波も、やがて陽の光さえも容赦なく薄れてゆく。やがて消えようとしているそれは我々が生み出してきた文明であり、自信であり、また最後のよりどころだった。
いやな予感を振り払うように俺はSPITFIREのフォグランプをつけた。しかしどうだろう、逆に「これが切れたらおしまいかもしれない」という思いが脳裏に浮かぶ。
悪い視界で活躍する自慢の装備のはずが、今日は妙に頼りなく感じる。人の支配の及ばない空間おいて所詮それは風前の灯に過ぎなかったのだ。
タイヤに踏まれ、砕け散る落ち葉の音が次第に大きくなる。奥深くまで到達しているのだ。闇の中に無限に続く森には誰もいないはずなのに、誰かに物陰から見られているような感覚。言いようのないこの違和感はいったい何だ。この辺りにはヒトの臭いらしきものが染み付いている。敢えて考えないようにしてきたが、黒い霧が頭の中に広がるを抑えきれない。
こ れ 以 上 進 む と 何 か が で る
僕たちは思わずブレーキレバーを引いた。ここが最期の砦となる気がしたからだ。理屈では説明できない何らかの力が、外界からの侵入者を阻んでいるのだろうか。
僕:「・・・おい、これ以上進むのはヤバくないか?嫌な予感がする・・・二度と戻って来れなくなりそうだ・・・とにかく写真でも撮って引き揚げよう」
キョウヤ:「あ、あぁ・・実は俺もそう思っていたところだ。こんな気持ち悪い場所はゴメンだ。とっととUターンして国道まで帰ろうぜ」
最後に、僕たちは樹海を背景に2台のバイクを撮影したものの、キョウヤのマシンの上部に、決して写ってはならないモノが・・・
無言でデジカメをしまった俺達は急いでバイクをUターンさせ、スロットルをぶん回してクラッチをラフに繋いだ。ぬかるみ気味の路面で後輪が空転を始める。
「行け、SPITFIRE!」
横滑りする後輪と接地感に乏しい前輪の感触が、やみくもにアクセル全開にしたい気持ちをかろうじて押さえつけた。この林道でコントロールを失えばたちまち樹海の木々の染みのひとつになってしまう。気をつけろ、俺達は今あっち側に誘われている。ミイラ取りがミイラになってはいけない。
キョウヤ:「絶対にミラーで後ろを見るなよ・・・」
黒い霧が取り巻く森に悪魔の住む空気が漂う。そんな光景に不釣り合いの2台のアメリカンバイクが、元の世界を目指して必死に駆ける。木々の間から国道のハロゲン灯が見えた時、脳内を支配しかけていた闇が消滅するのがわかった。
「ひー!!!やばかったなぁ!とにかくテント張ってさっきコンビニで買ったドンタコスでも食おう!」
全くだ。僕もあんな魔界はゴメンである。
当初は樹海の中にテントを張る予定だったのですが、それはとてもこわくてオネショしちゃうから嫌なので樹海入口(街灯の下)に張るコトになった。各自テントをせっせと張って、寝袋に横たわりながらキョウヤと馬鹿話に花を咲かせて適当に時間を潰す。恐怖も去り、またいつも通りのアホな雰囲気の楽しい夜でした。
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ところが・・・
ポツリ・・・・・ポツリ・・・・・・・・・・・ポツリ
そう、雨である。
テント泊での雨は、翌日の片づけ作業をとても憂鬱なものにする厄介なもの。撤収のときに水分だらけのテントを収納するハメになるので服も濡れるし、後日また組み立てて乾かす必要があるからである。
しかし、そんなコトよりも困った事になった。
ガチガチガチガチ
……….寒いッ!!!!!
いくら5月とはいえ、まだ山頂に雪が残る富士近郊だけにハンパない寒さが襲ってきた。しかし前回の伊豆高原桜満開ツーリングでの経験上、でこんな事態が発生する事は流石に予想済みであった。ギャグの為とはいえ前回と同じオチを踏むワケにはいかない。今回は寝袋もあるし、とても暖かいゴアテックスのレインスーツもあるもんね!
というワケで僕はなんとかなったのだが、隣のテントからのうめき声の主はもちろんキョウヤ。
「なんじゃぁぁぁこの寒さはァァァア!!!!!!!」
寝袋など持たないキョウヤは、エアーマットの上に寝そべるスタイルで一夜を過ごすつもりだったのだが、どうやら自称不死身である彼にもこの寒さは堪えたらしい。早速巨大ドラムバッグの中からゴソゴソとコールマンのストーブを取り出し始めた。
「こんなコトもあろうかと、俺様はこんなスペシャルアイテムを持参していたのだ!」
そう言って、彼は何を思ったのか、なんとテントの中でストーブを点火しているではないか!おいおいアホなのは知っていたけど、いくらアホでも酸素を吸わずには生きられないだろ!
「お前マジで一酸化炭素中毒で逝くぞ」と忠告をくれてやったのだが、聞く気配はまったくない。
「そうだ。俺は寒い中で死ぬより、暖かい山小屋で死にたい遭難者なのだ!」
もう僕は何も言わなかった。せめてこいつにはこいつらしい死に方をして欲しいと思ったから。
そして22時頃僕は眠るのだが、彼はというとエアーマットに穴が空いて1時間ごとに空気を補充する羽目になったという。