The First Run -SPITFIREの納車初走行-

「旅をするためにバイクに乗る」

おそらく、世の中のバイク乗り(その中でも特にツーリングが好きな方々)にとってこれは少し違和感のある言葉ではないだろうか。
普通ならきっと「バイクに乗って旅に出る」となる。つまり順序が逆なのだ。

しかし、冒頭の言葉こそが僕のバイク人生の始まりそのものだった。

今となっては到底信じられないかもしれないが、僕は元々バイクに興味は無かった。
むしろ、転んで大ケガすることや暴走族の存在など負のイメージを抱いていたので、バイクというアウトローな乗り物など自分の人生には生涯無縁のはずだった。

人生の中において、人は時おり大きく舵をきる時が来る。
それは小刻みな修正舵だけではなく、面舵(おもかじ)いっぱいといえるほどの大きな転換となることもある。

僕は15歳のある強烈な出来事がきっかけで、「いつか旅に出たい」と強く思うようになった。
当時は高校生だったので、まずは大学受験を突破してからその後に旅をしようということで時期はすんなり決まった。
目指す先は北海道の大地だ。そして残る問題は「どうやって旅をするか」。

一般的な大学の夏休みは2~3ヶ月ほどあるけど、僕の通う大学は取得単位が多いため2週間ほどしかなかった。

徒歩でバックパッカーとして旅は?最高にワイルドだけど2週間ではとても足りない。
いっぱい時間とお金が掛かる、ある意味一番贅沢な手段だ。

自転車はどうだろう?チャリは好きだし頑張ればいけるかもしれない。
でも1日の大半が移動となってしまいそうで、綺麗な風景に立ち止まり思いを馳せる余裕が欲しい。

飛行機とレンタカーは?・・・一番快適で安全な旅ができるだろう。
でもそれでは色んなものに守られている日常と大して変わらないし、”旅行”になってしまう。

ここで誤解を防ぐために断っておくけど、なにも旅行が悪いといってるわけではない。
目的地まで快適に移動したあと思いっきりレジャーを楽しめるのは素晴らしいことだろう。

でも僕は「旅」がしたいんだ。
時に道に迷おうが、突然の雨に見舞われようが、大地の息吹を全身で受け止めながら進みたい。
方言交じりの地元人に道を教えてもらい、雨上がりの空に掛かる虹を追いかけ、ふと見覚えのある風景に立ち止まりながら移動そのものがアルバムの1ページになる旅を。


「・・・バイクはどうだろう?雑誌で見たドラッグスターというバイクで旅をするのは」


そして大学入学後の2001年の春、教習所の二輪コースで悪戦苦闘している自分がいた。


さらに季節は進み、紅葉が街を彩り始める2001年の秋。
僕は学食で買ったヤマザキのカレーパンを片手に、大学内のPCでネットを閲覧していた。
ディスプレイが映し出しているのはヤフオクのバイク車体カテゴリー。

「ドラッグスター」で検索したその画面には、様々なドラッグスター達が映っていた。
ノーマルありき、ドラッグパイプマフラーを着けたぐらいのライトカスタムありき、激しいチョッパーありき。
その中で、とある赤のツートンのDSC4(ドラッグスタークラシック400)が目に止まる。


「すごいなこれ、バッグや背もたれまで着いてる」


当時、ドラッグスターが『アメリカン』だという事も知らなかった俺は、そのDSC4がすごく輝いて見えた。
何故なら、それまでバイクに抱いていた「荷物が全然積めない」イメージとは違い、荷物を入れられるサドルバッグ等が最初からいっぱい着いていてすぐ旅に出られそうに見えたからだ。

98年式ミヤビマルーン、走行11300km。
US YAMAHAの純正オプションが36万円分着いていて45万円。


「これは絶対欲しい!!」


しかしその当時はまだオークションIDを持っていなかったので、毎日眺めながらも他の誰かに落札されていくのを見てるしかなかった。
もはや他のバイクなんて目に入らなかったほど欲しかっただけに、すごく悔しかった。

しかし数日後。ヤフオクを眺めていると、なんとそのDSC4が再出品されているではないか。
どうやら前回の落札者がドタキャンしたとの事。これはまさに運命の悪戯か!

今回のスタート価格は40万、希望落札価格45万。
早くしないと誰かに希望落札価格で落とされてしまう。
自分がうじうじ迷っている間にも、今か今かとこいつを落とそうと狙っているライバルが日本中にいる気がした。


「・・・一度消えたのに再び出品されたこのDSC4、奇跡は3度は起こらない。今度こそは!」


しかしオークションIDが無ければ入札どころか出品者に質問をする事すらできない。
僕はIDを持っている大学の先輩を拝み倒して、代理で落札してもらう事ができた。
今思えば、よく45万なんかの代理落札を引き受けてくれたものだと思う。


そして忘れもしない2001年11月3日。

木枯らしが吹き始める晩秋の中、高速バスで落札したDSC4 のある名古屋へ向かった。

ネットオークションでは出品者の素性まではわからない。
万が一の可能性も無きにしもあらずなので、落札代金はバイクと物々交換、出品者との会話はボイスレコーダーで録音という手段をとることにした。

待ち合わせ場所の駅のロータリーへ向かうと、すでに出品者の男性が車で待ってくれていた。
話してみると物腰穏やかな方で、車内でDSC4について色々話しているうちに男性宅に到着した。


「とりあえずしばらく乗ってみて、不具合が無ければ後で全額振り込んでくださいね」


それはさすがに申し訳ないので今払わせて欲しい申し出たものの、男性は強く断った。


「あなたには大事に乗っていただけそうなので」


その後も色々話をしたが、男性には近々お子さんが生まれるという事で泣く泣く手放すことにしたそうだ。
他にも「もう必要無い物だから」と、ABUSのロックやバイクカバー、ヘルメット等も頂いた。

最後にキーを受け取るとき、男性は少し寂しそうな目をしてこう口にした。


「このバイクは僕の宝物だったんです。かわいがってあげてください」


大事にしてもらってたんだな・・・

そして男性から引き渡されたDSC4に跨り、東名高速のインターへと向かい始めた。

なんだこれ。教習車と違ってすごくでかい。
グリップもなんか太いし、こんなごついのを300km先の家まで運転して帰れるのか?

そんな不安感があった一方、憧れのバイクを運転している喜びで胸の高鳴りは最高潮だった。


しかし高速に入ってしばらくすると、立ち込めてきた雨雲が大粒の雨を降らせてきた。
日本列島を北上してきた大型台風の仕業だった。

あっという間に革のグローブはびしょ濡れ。靴の中もどんどん浸水してきた。


「寒い・・・雨の中のバイクがこんなに寒いとは・・・」


まだ見慣れない位置にあるスピードメーターに目をやると130km/h付近指している。

おおよその位置にして今やっと静岡県に入ったばかりだ。
猛烈な勢いで雨粒がヘルメットのシールドを叩き、緑色の標識がにじんで見えない。
もたもたしていると夜になって視界がますます悪くなってきそうだから、なるべく休まずに帰りたい。

しかし、寒さのためトイレが近くなり、しぶしぶパーキングエリアに滑り込む。

二輪専用駐車スペースにDSC4を止め、降りようと片足を大きく上げた。
しかしあまりの寒さで手足の先の感覚が全く無くなっていて、俺はバランスを崩して転んだ。


『ジュー・・・・』


「・・・え!?」


突如漂う煙とガスの臭い。
この日のために買ったばかりのレインスーツがマフラーに当たって溶けたのだ。


「おいおい・・・買ったばかりなのに」


高速深夜バスでの寝不足。体温を奪う雨。エキゾーストパイプにこびりついた黒漕げ。
もう気力は限界だった。

DSC4を駐車場に置きっぱなしにして、寝不足で相当眠かった僕はパーキングエリアの食堂のベンチに横たわる。
そして泥のように眠った。


何時間経っただろう。迷子の呼び出しの放送で目が覚めた。
外を見るともう真っ暗で、雨は相変わらず降り続いている。

駐車場へ行くと、照明灯にクロームメッキパーツをキラキラ反射させたDSC4が僕を待っていた。
しかし、かつてディスプレイ越しに目を奪った旅装備のサドルバッグが雨で台無しになっていた。

そのDSC4の横には、さっきは止まっていなかった他のバイクが止まっている。
国産のビッグネイキッドとHDのスポーツスター。


はっとした。ここは高速のパーキングの二輪駐車場。
いつも車窓から眺めていただけのこの世界に俺は来たんだ。

しかもこの2台も台風の中頑張って走ってきたんだ。きつかったのは俺だけじゃない。


「今日が俺のデビュー戦、いくぞ!」


それから不思議と全身に力が沸いてきた。

雨水が内部まで浸水しかけているヘルメットを被りなおし、DSC4のセルを回す。
寒いからかかりが悪いが、チョークノブなんてものはどこにあるかわからない。


『キュルキュルキュル・・ドロロロン!!!ドロドロドドドド!!』


こいつはこんなにも元気だ。
雨ごときで乗り手の俺がヘタってたら、この先こいつと一緒に旅に出られない。


それからは一心腐乱で再び東京方面を目指す。

慣れないバイクで暴風雨の中、時には追い越し車線でひたすらストッロルを捻り続ける。
グローブに浸水した雨はレインスーツの袖口から肘まで伝ってきている。

シールドの隙間から入ってくる雨が冷たい。
水をたっぷり含んだ靴下は、靴の中でガボガボと不快な音を立てている。
寒さでブルブル震えとガチガチ歯ぎしりが止まらない。


「それでも俺は家に近づいてるんだ。」


それからどれぐらい走ったか覚えていない。
殺伐とした暴風雨の高速の風景にやがて見覚えのある景色が混じり始め、地元のインターを降りた俺は家についた。


熱い風呂で生き返った俺は、風呂の窓を半分くらいあけた。
そこから見えているのは、大雨に打たれながらも堂々とたたずむ大きなアメリカンバイクのシルエット。

明日から新しい毎日、いや、新しい人生が始まる。これから何が起こるのだろう。


翌日、あの嵐が嘘のように青く澄み渡る秋晴れが広がっていた。
DSC4には昔のイギリスの伝説の戦闘機スーパーマリン・スピットファイヤにちなんで「SPITFIRE」と命名。
以前から考えていた、とっておきの名前だった。


「これからよろしく、相棒」


The First Run 終わり


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