時は2002年の3月。
長い冬が終わりを告げ、やがて訪れた春に鳥たちは歌い、花が舞いはじめる。
そう、春の花といえば我々ニッポン人がまっさきに思い浮かべるのは・・・桜!
桜が日本人に好まれる理由はいろんな説がありますが、卒業や新しいスタートの象徴であること、控えめながら凛とした淡いピンクの色、そして散り際の儚さといったところでしょうか。
関東地方では例年は3月下旬に桜が開花するのですが、どういうわけかこの2002年は早くから春の暖かさにブーストが掛かり、3月上旬に開花MAXを迎えつつありました。
つまり、ぐずぐずしてるとベストシーズンがあっという間に去ってしまう!というコトで、3月28日に高校時代からの悪友「キョウヤ」と花見に行ってきました。
行き先は、桜の世界的名所『伊豆高原』!
出発当日、待ち合わせ場所である僕の家で待機しているとキョウヤからTELが入る。
「よう、渋滞で遅れるわい。おっと通話料かかるからじゃあなー・・・プツン・プープー」
ん・・・?いま渋滞って言ったな。おいおいオマエは今何に乗ってると思ってんだ。ヴァイクだぞ、ヴァ・イ・ク!
すり抜け性能を誇るこの乗り物に乗っておきながら「渋滞で遅れる」とはもはや失言だ。
そして2時間後、閑静な住宅街の静寂をドラッグパイプマフラーの騒音がブチ破る。
「ブリブリブリ~!」キョウヤのおでましだ。
実はこの1週間前、同様のお花見ツーリング企画「桜ツーリズム2002」たるものが存在したんですが、中止となっていました。
彼は初めてのツーリングに気合いを入れてカスタムしようとしたのか、愛車ビラーゴ250のハンドルを「1910年代ハンドル」という謎のタイプに換えてみたものの、ライザー(ハンドルクランプ)の長さ不足によりハンドルを曲げた瞬間グリップがタンクにガツンガツンと当たるので直線専用マシンと化していたのである。その為、普通の交差点ですらトレーラーの如く幾度の切替しが必要になり、後続車を足止め状態にし、大渋滞を即席で作るというとんでもないマシンになっていた。
こんな状態では箱根の連続コーナーを攻略できないどころかガードレールと即親友になってしまい、峠の星になるのは時間の問題。
というワケでこの日はあっけなく全日本昼寝大会になってしまいました。
そして、大音響と共に僕の家に到着したキョウヤのビラーゴ250。
すっかりノーマルハンドルに戻っているものの、リヤのシーシーバーに括りつけられている巨大なドラムバッグに目がいった。
今日は桜を見てキャンプをする予定なんだけど、その道具にしては随分でかいバッグだ。
「今日は色々持ってきたぜ!」
自信たっぷりに言い放つその様子が気になったので中身を見せてもらうと、出てきたのはエアガン、ストーブ、オーディオスピーカーといった桜と関係ないものばかり。
俺たちが行くところは戦場か。
というわけで、ようやく僕達は出発した。
相模湾に沿ってR135を南下する。頬をくすぐる春の海風が心地良い。
澄みわたる青空の下、Vツインエンジンの乾いた排気音をBGMに伊豆高原を目指す。
映画「イージー・ライダー」のごとく駆ける2台のバイク・・・って、あれ?1台いねーぞ
慌ててバックミラーに目をやると奴がいない。キョウヤが消えたァ!?
よーく目を凝らして見てみると、地元の原付にあおられながら必死に走る下品なカスタムバイクが見えた(あの巨大なドラムバッグのせいで走行安定性ゼロ)。
そして3時間ほどR135を走り、伊東市の桜並木に着いた。
青空に映える満開の桜のトンネル。ここはとっておきの場所で、14歳の頃からほぼ毎年春に来ている。一部では散りはじめと聞いてたけど、どうやらまだ間に合ったみたいだ。
今までは片道3時間かけて電車で来てたけど、バイクがあれば伊豆もあっという間。
これからはこの”SPITFIRE”でいろんな日本の風景を探しに行きたい。
伊豆急行・伊豆高原駅から大室山へと続く桜並木道。
毎年3月下旬から4月上旬にかけて「さくらまつり」が開催されて大賑わいとなりますが、この3月上旬はまだ人通りもまばら。
こころゆくまで綺麗な桜を堪能することができました。
さて、到着が遅かったこともあり早々と日も傾いてきたので、1日の〆としてキョウヤと一緒に夕食と温泉を楽しみました。
温泉のプラシーボ効果でポカポカと体も温まったので、すぐ裏手の林にテントを設営。
出かけた先でパパッとテントを張って寝るなんて、バイクに乗るまでは想像できなかった世界だなぁと思いながらシュラフの中で目を閉じた。
この時の気温は22℃。それは半袖で過ごせるようなとても暖かい夜のはずでした。
ところが・・・・・・
夜23時。テントの中で目が覚める。
ガチガチガチガチ
ささささささささささ
寒いッ!!!!!!!!!
これはヤバい!
寝る為に脱いでいた靴下を履く。
しかし、寒い!
枕にしていた革ジャンを着る。
しかし、寒い!
テントのタープ(雨よけ)の入口を全部閉める。
しかし、寒い!
テントの収納袋を毛布代わりにする。
しかし、寒い!
手袋を毛布代わりにする。
しかし、寒い!
セブンイレブンのビニール袋を毛布代わりにする。
しかし、まだ寒い!
この後、靴を毛布代わりにしようと思ったがもうムリ。
暗闇の中で腕時計に目をやると無常にも0時前後を指している。太陽が再び顔を出すまで6時間ぐらいか・・・
だめだ・・・今度こそ凍死だ。
父よ、母よ、先立つ不幸をお許しください・・・・
「・・・・・ガサゴソッ・・・・」
・・・・・!?
キョウヤのテントから物音が聞こえる。
「キョウヤ、お前起きてるのか?」
「・・・・ああ。」
「ところでお前、寒くねーの?」
「……….寒くないわけ無いだろうッ!!!!!!!!!!」
もう言葉はいらなかった。
僕達は光の速さで畳んだテントをバイクに積み、マフラーから火を噴きながら伊豆高原をフルスロットルで脱出した。
目指すは自宅、マイホーム。
キョウヤがG-SHOCKの温度計に目をやる。
「11℃!?・・・・そりゃ寒いわけだわ」
このお花見の季節、時々外で寝込んで凍死した酔っ払いが報道されていることを思い出す。夏用シュラフしか無いのに、もしあのまま朝まで野宿を強行していたら・・・・思わず背筋が凍りついた。
2時間後、自宅に到着。TELで玄関のカギを開けてもらい、ふかふか布団で夢を見る。
キョウヤはというと、結局開けてもらえず自宅庭にテントを張ったらしい。