2002. 07. 30

聞いたことのない、奇怪な鳥の鳴き声で目が覚めた。視界がはっきりしてくると、びっしり水滴の影がついたテントの天井部分が見えてきた。

「そうか、夜中に雨が降ったんだな。撤収がやっかいだな…」

と思いつつテントから這い出てあたりを見回すと、どうやら森全体に雲がかかっている。大して標高が高いわけでもないのに、不思議な風景だった。

「今日はどんな風景に会いに行こうか。『ライダーのメッカと言われる、中標津町の開陽台キャンプ場。そのすばらしい眺望の為に連泊する旅人も多い』か…いいね!」

と、テントの傍らでツーリングマップルを片手にアホな独り言を言っているうちに、雲の隙間から太陽が顔を出していた。

雨でずぶ濡れのテントを片付けた僕は、朝メシを調達しにコンビニに駆け込んだ。

「さーて、俺の生命の一部になってくれる栄養素は何にしようか…ん、カップメン98円セール!?なんて驚きのプライスなんだ!文句なしで即決だな」

そして、カーステを聞きながらコンビニの駐車場で明星一平ちゃんをたいらげる。
ブレックファストの後は開陽台を目指すのみ!

さぁさぁ太陽の方向目指してぐんぐん走るぜ!

走っていると、突然広い野原に出た。
快調に走っていたが、雄大な景観に魅了され、停まって写真を撮ることに。
寄り道が自由自在なのも、一人旅の大きな魅力の一つと言ってもいいだろう。

そして再び走り出すSPITFIRE。

国道ではなく田舎道を走っているはずなのに、すれ違うライダーの数がやたらと多くなってきた。道路も、丘のような上り坂が増えてきた。そろそろ開陽台だ。

はるか前方に展望台が見えてきた!

ふと横に目をやれば、視界に入るのはどこまでもつづく緑のカーペット。

そして開陽台に到着!

開陽台展望台のある中標津は、道東地域の中でもかなり東にある。

見て欲しい、この空の広さを。

子供の頃みたいに、空の広さにただ驚嘆するしかなかった。
空と大地が溶け合っている水平線を見ると、心のわだかまりが消え去っていく感覚をおぼえた。

さて、いつまでも駐車場になんていないで、展望台裏のキャンプ場に行かなくては!

ところで、ここで開陽台について少し説明しよう。

これは道の駅で他の旅人より入手した情報だけど、その名の通り、開陽台展望台は小高い丘の頂上にある。その裏にキャンプ場に旅人達はテントを張るのだが、丘のふもとの駐車場からテント等を運ぶ必要がある。オフロードタイプのバイクなら自力で丘の上のキャンプ場まで行く事はできるが、オンロードタイプのバイクは、そんな事はまずしないという。

そして実際に僕が開陽台に着いた時、まったくその通りだった。

次々に丘を登っていくのは、荷物を満載したオフロード車。セロー、ジェベル、XR、FTR、アフリカツイン等々、ダートを得意とするマシンだ。しかも、オフ車の中には途中で転倒して自力で起こせなくなり、他の旅人に助けを呼ぶ者までいた。

それはまさに、壮絶なヒルクライム競技そのものであった。

しかし、世の中にはどこにでも無謀な挑戦者というものが存在するらしい。

ここにも時おり異色のヒルクライムチャレンジャーが現れる。

 

エントリーNO.1 スカイウェイブ250(ビッグスクーター)!
駐車場より助走をつけて、傾斜30度のダートをフルスロットルで登っていく!クリア!

エントリーNO.2 CB400SuperFour(ネイキッド)!
半クラとVTECという謎の組み合わせで慎重に登ろうとするが…おぉっと後輪が横滑り!
そのままバランスを崩しガターン!!『すんませーん、助けてくださーい』

エントリーNO.3 JOG50(原付スクーター)!
車体の軽さと2ストエンジンのパワーで楽々登っていく!
車高に余裕がある為か、路面のギャップをものともせず、軽々と頂上へ!

エントリーNO.4 XL883R SportsStar(スポーツスター)!
おぉっと、遂に本格ヒルクライムマシンの登場か!?
…と思ったら、坂の途中で引き返してきやがった。さてはおじけづいたな。

そして、ここで俺が後に尊敬する事になるチャレンジャーが出現する。
この人だ。

エントリーNO.5 スティード400(アメリカン)!
え!?…マジで!?うそだろー!!

俺は、アメリカンはその車高の低さと広い車幅で絶対に登れるわけがないと思った。
しかし、他の旅人もあっけにとられる中、構う事なく彼はヒルクライムを開始した。

アメリカン独特の広い車幅が丘の草をかきわけて、急なダートを登っていく。
ヒルクライムダートに400ccVツインの排気音を響かせて、クラシックカスタムのスティードが一生懸命登っていく。
その姿のなんとクールなことか。

…感動した。

そして俺は、迷う事なくSPITFIREのセルを回した。
あの人は目前の不安要素をものともせず、北海道一の眺望の為に自分自身と愛車をヒルクライムに賭けたのだ。

そんな男らしさに惚れた。そして自分も後に続くぜ!

SPITFIREのスロットルをひねり、土が露出した登りのダートに突進していく!

ドドドドドドババババババババ!!!!

「道幅が心配だけど、傾斜は20度くらいか?路面のギャップも少ないし、何とか登れそうだ!」
だがしかし、難易度ウルトラD級のエリア(転倒多発地帯)にさしかかった時!

ガッ!!!!

なっ…フレームが路面に当たった!?

そう、そこは傾斜30度、路面は超でこぼこのエリアであり、オフ車でさえ転倒しまくりのデンジャラスゾーンだったのだ。

フレームが底付きしたら、下手をすればトラクション(グリップ力)が得られなくなり、最悪の場合立ち往生に陥る。そうでなくても、このきつい傾斜でどこまで登れるか。実際、次第にきつくなる傾斜のせいで、半クラで登坂していたSPITFIREの速度はほぼゼロになっていた。

「くそっ、こんなところで諦めてたまるか!」

スロットルを全開にし、クラッチを繋ぐ!

ホイールスピンしながらも、SPITFIREはテールを振りながら登っていく
途中、大きなギャップで前輪が何度か豪快に跳ねる!「ドスン!!」

しばらくして目前に視界が開けた!開陽台キャンプ場だ。


※写真左側から崖を登ってきました。

キャンプ場には、さっきのスティードのオーナーがいたので、話しかけてみた。

「いやーすごいですね!アメリカンで登るなんて!感動してついてきちゃいました!」

「あ、赤いドラッグスターの人ですか?いや~前のバイクが登ってたから普通にいけると思っちゃって。まさかあんな崖だとはね!あははは」

「・・・・・・・・(絶句)」

とりあえずテントを張る。
ここでは夜になると満点の星空が拝めるらしい。
それの為に、1週間前からテントを張ってキャンプしているという旅人もいた。

ん?待てよ…1週間前からキャンプしてるって事は、今まで星空を見れる天気ではなかったって事か?


↑Akitoのテント。デザインに惹かれて3人用を買ってしまった(超かさばる)

その夜は仲良くなったスティードの男性と、ボルティ乗りの女性の旅人と3人で寿司を食べに行こうという話になった。
さぁ腹ごしらえに出発だ。最寄の飲食店である寿司屋まで28km!

前を走るのはスティードの男性。後ろにはボルティーの女性。

走行中に後ろの写真を撮るのは、北海道でしかできないんだろうなぁ…

寿司屋では旅話で大いに盛り上がった。

お互い知らない旅人同士、会ったその日の夜には笑い合っている。
北海道ではこんな光景も珍しくはないのだ。

テントに戻った後も、ランタンの火を囲んで、他の旅人と旅話をする。

さっき会ったばかりの人々。
顔も名前も知らない人々。
二度と会う事など無い人々。

それでも、一緒にいるとこんなに楽しいのは何故なんだろう。

夜空を見上げる。

気温13度の、肌寒い7月の夜。
やはり星空は拝めなかったけど、とても満たされている自分がいた。

おやすみ。
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