AKITOのプライベートツーリング -HOKKAIDO 2002- 第9章

2002. 08. 03.

誰かの目覚ましで目が覚める。
電車ハウスから出ると、低湿度の北国の夏独特の鋭い日差しに目がくらむ。よしついてる、今日もこんないい天気じゃないか。

みんな荷物をまとめながら、駐車場広場でバイクの試乗会が始まった!僕は普段乗る事のないビッグスクーター、オフ車に乗らせてもらい、モーターサイクルの幅広い世界を改めて実感する事になった。

ケータイの天気予報によれば道北は天気が芳しくないとの情報。ならば今日は南に逃げることにしよう!遊牧民のように太陽を求めて駆けるのも、バイクが発揮できる真価の1つなのだから。

「俺は南下しようと思っている。君はどこまで行くんだ?」
「帯広まで下ろうかな。よし、途中まで一緒に走ろうぜ!」

横浜のフォルツァ乗りの旅人と三国峠まで行動を共にする事になった。

エメラルドに染まるオホーツク海を快調に流す。オーディオから流れるお気に入りのBGMで、気持ちが加速してゆく。

フォルツァの旅人がリードする。北海道のホクレンGSの旗が誇らしげに風にはためく。

それにしても北海道は虫が多い!ちょっといいペースで走ればバイク全面はぶつかって潰された虫の死骸だらけになる。ウインドシールド装備のSPITFIREとフォルツァは幾分か楽だけど、それでも半メットの場合は時折顔に直接虫がヒットする事になる。

しばらく一緒に走っていると、突然バックミラーのフォルツァが急激に離れていった。よく見るとハザードを出して路肩に停まっているではないか。半メットを外し、痛々しそうに左耳を手で抑えている。どうしたんだ?

Uターンで戻る。

「いってーー!!いててて・・・やられたみたいだ・・・」

彼の話によれば、90km/h前後で走行中に巨大な蜂が左耳にぶつかってきたとの事。
見てみれば、左耳が赤く腫れあがっている!刺されたのだろう。見るからに痛そうだ。

スズメバチだったらヤバイな・・・助けを呼ぼう!

ポケットからケータイを取り出す・・・が、無常にも圏外の表示。
しょうがない、こうなったらヒッチハイクか。

「だ、大丈夫・・・帯広までは無理だけど、士幌に病院があると思うから・・・」

本当に大丈夫か!?
と思ったが、民家もない山中にいても仕方ないので、傷の様子を見つつ進む事にした。

その後寄った三国峠ドライブインで買ったジュースで耳を冷やしているうちに、痛みはおさまってきたらしい。何はともあれ良かった!

そして俺達は三国峠を下る。
先頭を走っていた俺は、ある場所でハザードを点滅させたながら停止した。

「どうしたのアキトさん?どうしてこんな場所で停まったの?」
「いや俺一度この場所通ったんだけどさ、ここだといい写真が撮れるんだ」

彼とはここでお別れだ。

「峠を降りたら俺は士幌へ行く。アキトさん、短い間だったけどありがとうな。」
「俺も楽しかったよ。士幌に着いたらちゃんと病院行くんだよ!」

峠下の交差点で、然別湖へ行く俺は右折、彼は直線の彼方へ消えていった。
その後、彼を見る事は無かった。

今頃彼はきっと就職も決まり、横浜で元気に走っているだろう。

旅というのは、出会いと別れの歴史でもある。
人と逢う事で、自分は今後どう変わっていくのだろう。
それは人生という長旅においてもきっと同じ事だ。

然別湖向けてSPITFIREで走っていると、道路沿いにいくつか穴が見える。どうやらトンネルのようだ。旧道にしては幅が狭すぎる・・・となると、これは鉄道跡か?・・・こんna深い山中には過去に栄えていた何かがが眠っているというのか。

地図から消された町へ続く線路・・・いつか再び、必ずそいつに逢いに来よう。

途中、見晴らしのいい丘があったので撮影。時計はもう15時をまわっている。今日は南の街・帯広の『大正カニの家』に泊まる事にしよう!

そして帯広空港が見えてきた。

このすぐ近くに『大正カニの家』はある。

『大正カニの家』とは帯広市が旅人向けに設置した無料宿泊施設。
1999年に建て替えられた丸太小屋で、駐車場・調理機器・更にはシャワー室まで完備しているのだ!女性専用部屋もあり、また徒歩5分のところにはセブンイレブンやスーパーもある。これを利用しない手はない!

というわけでピットイン!
疲れていたので写真を撮るのも忘れてすぐ寝ました。
運営している帯広市の方、ありがとうございます。


2002. 08. 04

宿泊部屋に敷いた寝袋から起きると、ほとんどの旅人は出発の支度を始めていた。無理もない、時計を見れば13時だからだ。何てダイナミックに寝坊してんだ俺は・・・。

今日は行けるところまで西を目指そう。さよなら、道東の地平線。次に来るときは、もっとでっかい男になって来るさ。

昼の十勝に別れを告げ、西へ西へとバイクを走らせる。しかし・・・北海道の真ん中を縦断する日高山脈の真っ只中の辺境の村・占冠(シムカップ)を過ぎた頃からだんだん雲行きが怪しくなってきた。

日高を超え、道央地方入を果たした頃から薄暗くなりはじめ、そしてとうとう降ってきた。

ザザー・・・

バイク乗りならどんな奴だって雨の夜が好きなんて言う奴はいない。
標識は見えないし、寒いし、おまけに地図も広げられない。

「参ったな・・・ここらへんには泊まる場所が全然ないんだよな」

今まで泊まる場所に関してはてんで無計画であった為、この時はさすがに本気で困った。

しかし、幸運にも国道を走っているうちに『苫小牧 45km』の看板を発見した僕はひたすら目指すことになる。

「屋根があれば何とかなるさ!」

かくして僕は出発点である苫小牧フェリーターミナルに泊まる事になった。



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