AKITOのプライベートツーリング -HOKKAIDO 2002- 第13章

2002. 08. 08

夜明けと共に、フェリーが青森県八戸港に到着。
生まれて初めてバイクで走る東北だ!
鉄製の巨大な車両タラップからバイクで東北の地に降り立つ。

「暑ーーーーーッ!!!!!」

北海道とそんなに緯度が変わらないはずなのに、待っていたのは30℃オーバーの気温だったのだ!
これはでっかい計算違いだった。
北海道仕様のジャケット着用スタイルで降り立った俺は、急遽八戸フェリーターミナルのトイレでTシャツに着替え始めた。

ガソリンスタンドで給油し、俺は宮城に住む友人・T橋のもとへ行く為に国道7号線を南下しはじめた。
しかし、このRUNは後にとあるLEGENDとして語りつがれる事になる。

時計が正午を指した頃、道の駅象潟から50km程の山形県酒田市に差し掛かった。
はらぺこな俺は、旅人の味方である聖なるオレンジの紋章(吉野家)を見つけ、迷わず滑り込んだ。

「牛丼大盛りつゆだくで!」

ハフハフ・・・やっぱ大盛りにつきるぜ!この瞬間こそが人間らしいと言うのだ!(←それでいいのか俺)

食い終わり、そしてバイクのもとに戻った俺。

「よし、宮城までたのむぜ!もう少しでハイオク入れてやるから・・・・・」

・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・ん!?

バイクの様子が変だ。
気のせいか、何かが足りないような・・・

!?

そういや左側のサイドボックス、なんで荷物がむき出しなんだ・・・?
中身の寝袋が空冷されとるよ??
俺、こんな入れ方してないはずなんだけどな、
お、おかしいな、ハハハハハ・・・・まるでフタがどっかいったみたいじゃん・・・

まさかフタ泥棒!
そ、そうだ、きっとそうなんだ!これはどこかのフタマニアの犯行に違いない!
ま、まったく困った世の中だよ、ははははははハハハハ・・・・・

10分後。

ドババババババババー!!!!

東北の午後の昼下がり。国道7号線を青森方面へ北上している1台のアメリカンバイクがいた。

『ちっくしょー俺はどこでフタ落としたんだーーー!!!!!!』

男は叫んでいた。

「秋田県から1本道で来たんだから、引き返せばどっかに落としたふたを発見できるはずだ!」

ここで、僕が落としたフタを装着していたサイドボックスについて簡単に説明しましょう。
このサイドボックス、実はハーレーダビットソンの旧型FLHエレクトラグライド(ショベルヘッドエンジン)モデルに標準装備されていたもので、実に40年程前のものになる。当然、年代相応のプレミアがついていて、マニアの間では高値で取引されているという(多分俺もそのマニアです)。つまり・・・平たく言えばバカ高いってことだったりします。

僕はそれを探すために戻った。国道7号をどこまでも戻った。
『秋田県へようこそ』の看板を横目に、獣を追う目で国道上に転がっているであろうフタを探しながらスロットルを捻り続けていた。

まだ見つからないとは・・・ん?あれは一体・・・

ふと気づくと、まだ昼だというのににわかに辺りが暗くなっている。
空を見上げると・・・・・!?

巨大な黒雲が上空全体を覆いつくしているではないか!
そのうち辺りはますます暗くなり、遂には昼の1時だというのに真夜中のように暗くなった。
国道沿いの水銀灯が点灯し、行き交う車はヘッドライトをつけている。

「こ、これは・・・まさか、アレが来るのか!?」

そんな事を思っていたその瞬間!!

ベチャッ

顔に何か液体がかかる。
断っておくが、鳥のう○こではない。

「これは・・・水・・・!?」

ベチャッ  ベチャッ  ビタッ  バチャッ

それは超大粒の・・・雨滴だったのだ!

「この異常にでかい雨滴・・・やばい、夕立が来るぞ!」

そう思い、レインスーツに着替えようと思い、路肩に停止した瞬間!!

ドザザザーーーーーーー!!!!!

「・・・・・!!!!」

それはまさに一瞬の出来事だった!
国道は一瞬にして河川となり、行き交っていた車は1台残らず路肩に避難して停止。
レインスーツに着替えるヒマも無かったバイクの俺は当然この滝に身をさらされた。
信じられない話だが、息ができなくなるほどの豪雨であり、命の危険すら感じたのだ。

そして10分後・・・

滝の雨は10分前がうそのように止み、空からは夏の日差しが濡れたアスファルトを蘇えらせていた。フタが無い側のサイドボックスは水槽と化していた。熱帯魚が飼えそうだ。しかし水槽の中には熱帯魚ではなく、俺の寝袋が入っている。

「俺の寝袋がー・・・自動すすぎ洗いの刑に・・・・」

しかし、気を取り直して出発だ。
全ての元凶であるふっとんだフタを求めて、俺はついに道の駅・象潟(秋田)に到着した!

「やったぜ!遂についたぜ・・・・って、戻ってきちゃったよ!

ここは2時間前に通過したところだ(核)。
しょうがない、フタを探しながら再び宮城へと南下しするか・・・。

トイレでずぶ濡れの服を着替えた俺は、駐車場へと足を運んだ。
そこで待っていたのはフタがないSPITFIRE TOURER。

「車体の一部が不自然に欠けているってのはかっこわるいもんだなぁ・・・」

・・・。
・・・・・。
・・・・・・・・・・・!?

ん!?

「確かフタを落としたのって、こっち側じゃなくて向こう側のサイドボックスじゃなかったっけ・・・?

・・・・・・は、はは、ははははは・・・・」

もう片方も落としちまった!!

・・・・・・・・・ブチン。

頭の中で何かが複数キレた俺は、再び山形へとぶっとばしまくった。

「アハハハハハ~!? もうヤダ~」

同じ道路を3回も走る屈辱感はもうこの時で終わりにしたい(150kmも無駄に走っちまった)。

そして6時間後・・・宮城に着いた。
途中、眠くなった時にアスファルトの上で眠ったりしたけど、意外に早かったかも・・・。
そして、自動車の免許を山形で合宿免許で取得した時に友達になったT橋とラーメンを食い、泊めてもらった。
余談だが、彼と最後に話したのはこの時が最後になってしまった。忘れ物が多い彼はまたどこかに落としたのか、彼のケータイにはもう繋がらない。

↑友人T橋と俺、そしてふたの無くなったサイドボックス装備のSPITFIRE↑


2002. 08. 10.

なんだかんだで昨夜盛り上がったので、起きたら昼だった・・・

家の方に泊めてくれたお礼を言い、T橋家を出発した。
携帯電話から電話番号は消えてしまったけど、お前の家までの道程の記憶を頼りにまた行くからな!

そして宮城を走る国道4号へ入る。

この国道4号は別名『奥州街道』と呼ばれ、なんと東京・上野から青森・三厩までを結ぶ、超ロングな国道だ。
つまり、これに沿って南下すればいつかは東京エリアに差し掛かるというわけだ。

そして僕は走った。走って走って走りまくった。

やがて福島県に入る。ここは東北最南の県。
もう少しで東北とはお別れだ。

そして栃木県に入る。そこで出てきた『東京 172km』の標識に感動する。
久しぶりに見る『東京』の二文字。遂にここまで来たんだ・・・

ようやく埼玉県に入った時には時計が夜の10時を回ったところだった。
リンガーハット(長崎ちゃんぽん)で夜メシを食った俺は、駐車場で星空を見上げていた。
「疲れた・・・もう立てない・・。帰る気力ないしどっかにテントでも張るか」

しかしその時、地元のバイク仲間からの『ちゃんと帰れ!帰るまでが旅だろ!』というメールが来た。

地べたに座っていた僕はケツを払いながら立ち上がり、爪の伸びた親指でセルボタンを押す。

「だったら意地でも今日中に帰ってやんぜ!見てろよ!」

疲れたらヤケになりやすい性格の俺は、気力と体力の抜け切った体で最後は意地だけで再び夜の国道へと走りだした。

正直、そこから先はほとんど記憶が無い。
疲れて転ばないように必死に走りまくった事だけは覚えてる気がする。
埼玉、東京を超え、地元である神奈川に入り、やがて知っている道へと差し掛かり、

そして遂に・・・・

『ガチャッ』

家の前で、僕は静かにサイドスタンドを下ろした。
それは、長い戦いの終幕の瞬間だった。

おろした荷物を玄関に置いたまま、俺は半月ぶりの家の風呂に入る。
窓から見える鉄馬、SPITFIRE。
その独特なシルエットが夜の月に照らし出されている。

風呂から上がり、疲れた荷物を下ろした鉄馬のもとへ行く。
ガソリンタンクに手を置くと、まだかすかにぬくもりを感じる。

「長い間ありがとう。おつかれさま。これからもずっと一緒だ」

スピードメーターの走行距離計には、新たな歴史が刻みこまれていた。


Akitoのプライベートツーリング -HOKKAIDO2002- おわり



第12章へ戻る
HOKKAIDO 2002へ戻る

サブコンテンツ

このページの先頭へ