最初の試練①

それは、やまも氏と別れてから東名高速上り方面の厚木IC付近に差し掛かった頃だった。休日の午後からは東京方面へ帰る車でごった返すこのエリアは、その日も変わらずノロノロペースで流れていた。

30~50km/hで一定しない車の流れに合わせて、僕もシフトチェンジをしながらも大人しく走っていた。今日はまだ完全には操縦感覚が戻ってないだろうから、無理にすり抜けずに確実に安全に帰ろう。そう思う間に前走車のブレーキランプがついたので減速しながらシフトダウンだ。

「ブチブチッ」

えっ、ちょ…

何かがちぎれた感触。祈る気持ちでクラッチレバーを握ると、まったく張力なくスコスコと動いてしまう。祈る気持ちでクラッチレバーブラケットに繋がるクラッチケーブルのスリーブをぐいっと引っ張ると、たちまちレバーからスポーンと抜けてしまった。まさか切れたんか…

そうこうしてる間にいよいよ前走車のブレーキランプが近づいてきたのでブレーキング。しまいにはエンスト寸前のエンジンがアイドリング回転数を維持しようと後輪をぐいぐいと回すもんだから、ブレーキで必死に抑え込みながらも前走車のブレーキランプがいよいよ目前に迫ってきた。

「うわ、ヤバい止まれない!」

やむを得ない、ということで渋滞の車列の間をすり抜け始めながら、今後どうやって無事に帰るかを必死に考え始めた。

厚木IC出口が見えてきたけど降りるか?それとも自宅最寄りの横浜町田ICまであと15kmを追加で走り切るか?

今僕が走ってるのは信号のない高速道路で、何とかうまく走れれば下道よりリスクが少ない。ちぎれたクラッチケーブルはどうしようもないけど、何とかケーブル無しでのシフトチェンジをやってみよう。まずはシフトダウンだ。

まずは右足のつま先でシフトペダルに軽く力を加え、右手のスロットルに全神経を集中させ始めた。トランスミッション内の歯車に加速方向にも減速方向にもストレスが加わらないアクセル開度に調節すると…

「ガトンッ!」

少し車体を揺らす衝撃とともにシフトダウンが決まった。やった、クラッチケーブルなしでシフトチェンジができるぞ。回転差をトランスミッションだけで吸収するとあまり良くないだろうけど非常時だから仕方ない。最低限のシフト回数で何とか次のICまで慎重に走ろう。

そんな感じで2~4速を使いながらノロノロの車列に着いて行ったものの、東名高速の渋滞のメッカである綾瀬バス停付近に差し掛かると前走車は完全に停止。こちらもニュートラルに入れて停止…

いや止まっちゃ駄目だ!

止まったらやがて再発進しなきゃならない。でも半クラが使えない今、一度止まったら最後、そこから再発進できずに完全に不動になる。しかもここは登り坂でこの車体は420kg、絶対に止まるわけにはいかない!

そんなこんなで再びすり抜けを開始。

スピードコントロールがぎこちない状況で、渋滞の車列のすり抜けを強いられるこの状況だが、心臓がドキドキしながらも僕はどこかこの状況を楽しみ初めていた。

どんな状況に直面しても切り抜けられるか、これはまるでロードグライドのオーナーになるための試練だ。クラッチを切れないので横から車が急に出てきたら止まれないかもしれないし、この後ICから出て赤信号に出くわしたらどうしよう。でもこんなに全身の毛穴が開くようなスリリングな状況は久しぶりだ。

絶対に自力で帰ってやる!!

(つづく)