ロードグライド、来たる。

その日は朝から雲ひとつない青空だった。

ピカピカに整備したセローちゃんに予備パーツ類を満載し、暖機もそこそこに1速にギアを叩きこみ、自宅を後にした。バックミラーに映る自宅が遠ざかる…これを最後にもう二度と戻ることはない。

ウインドスクリーン越しに流れる見慣れた近所の景色もハンドル越しに伝わる空冷単気筒のパルスも、今日を境に全ては思い出に変わっていくのだ。ひとつひとつの動作を噛み締めながら、安全運転である場所へ向かっていった。

到着したのは、厚木IC近くのセブンイレブン。今日はこれからハーレーダビッドソン・ロードグライドウルトラ(FLTRU)のオーナーであるkazuさんのところへ向かうのだが、この日は20年以上のバイク仲間であるモトグッチ・V85TTのやまも氏も同行することになったので待ち合わせというわけだ。

もともとやまも氏とは僕がドラッグスタークラシック(SPITFIRE)に乗っていた時からの仲で、かつて大型二輪免許を取ったのも当時乗らせてもらった彼のハーレーダビッドソン・FATBOY(FLSTF)の大トルクを味わってしまったのがきっかけだったりする。更にいうと、我がセローちゃんの前オーナーでもあり、僕のバイク人生の節目に何かと関わってきた重要人物なのだ。

そんなことを考えてるうちにやまも氏が到着したので、ささっとBluetoothインカムをペアリングして出発!小田原厚木道路を西進し、渋滞の箱根新道を登り、箱根峠から国道1号線で沼津方面へ。東名高速で向かうルートの方がアップダウンやコーナーが少ないけれど休日の午前中はいつも渋滞しているし、そもそも峠越えルートの方がバイク的には100倍面白いのだ。

やがて、昼前頃には沼津のkazuさんのところへ到着。

ここは沼津にあるkazuさんの工場。

既にロードグライドを外に出して待ってくれていた。その後ろにセローちゃんを止める。

いよいよ選手交代だ。

超重量級のアメリカンツアラーと軽量なアドベンチャー。まったく違うバイクだけど、たったひとつの共通点。それは「旅バイク」であることだ。

僕は6年間セローに乗ったけど、結局はバリバリのオフローダーとしてではなくツアラーとして楽しませてもらった。パニアケース、大型キャリア、フォグランプ、そしてウインドスクリーン等のカスタムはまさにそのためのもの。かつて2010年に自分のTryfinity(ロードグライド)が盗まれてから乗ったアドレスV125G(156cc軽二輪登録)では九州まで行ったり、それをやまも氏と交換することでセローちゃんに乗り始めてからも、結局ロングツーリングからは離れられなかったのだ。

そんな僕の行動をkazuさんは見ていて下さったのだろう。今回僕に声を掛けて下さったのは「重いロードグライドがしんどくなった」との事だが、単にそれだけなら手っ取り早くバイク王に売却することもできたはずだ…

ガレージから僕のロードグライドが消えてから13年。それからハーレーに関する情報は見ないようにしてきたけど、未だに熱は醒めずに燻り続けていた。そしてこの先もずっと燻り続けるだけであろう僕を、彼は見ていたのだ。

こうして僕は、なんとロードグライドを受け継ぐことになった。これはまったくもって前代未聞だ。原付をあげるというならまだしも、ハーレーの、しかもツーリングモデルというこんな規格外のとんでもない話はバイク界では聞いたことがない。普通の人なら戸惑うだろうし僕も流石に躊躇したが、「今の自分なら大事に維持していける」という確信があった。

取り回し、保管スペース、盗難対策、バラし方、パーツの入手経路、そして運転経験。大丈夫、全て揃うし僕はロードグライドをある程度知っている。

しかし、こうしてkazuさんからロードグライドが無くなってしまうと、彼は走るバイクがなくなってしまう。「バイクは引退かな…」と遠い目で応える彼に、「重いバイクがしんどいなら軽いバイクはどうですか?」と、半ば強引にセローちゃんを押しつけてしまったのが事の顛末だ。

本音としては、僕の師匠ともいえるkazuさんのバイク人生の引導を引き渡したくなかったこと、愛着のあるセローをどこの誰ともわからない他人に売却して消えていくのが寂しかったこと、そして屈指のエンジン職人である彼のもとはチューンドエンジンのセローにとって一番幸せな居場所であろうこと、といった事情があった。まぁ、妻から「うちにバイク3台は置けないよ」と釘を刺されていた事もあるが。

「またエンジン弄りたくなったら来なさい」

そう穏やかに笑うkazuさんからキーを受け取り、ロードグライドのイグニッションをONにした。

ズドォォン!ズドドドッドッドッドッ

しばらく乗ってなかったとの事だが、難なく1発で掛かったのは恐らくバッテリーを満充電にしてくれてたのだろう。何から何までホント涙が出る…

また来訪することをkazuさんと約束し、僕はやまも氏と出発した。

いざ走り出すと、すぐに懐かしい感覚が蘇ってきた。セローの4倍近い重量にもかかわらずそれをほとんど感じさせないトルク、これが103ci.(1690cc)か…。かつて88ci.(1450cc)のTryfinityに乗っていた頃からこの数字には強い憧れがあった。当時、スクリーミンイーグル(ハーレーのレーシング部門)のオプションキットでしか到達できなかった100ci.オーバーの排気量は完全に”あちらの世界”のもので、当時20代だった僕はビッグボアキットとストローカー(ロングクランク)、パフォーマンスシリンダヘッドを個人輸入で取り寄せたところまで済ませたのだが、車体が盗まれてパーツだけが部屋に残された状態となったのだ。

不思議なもので、その世界に今まさに到達している。未来とは本当にわからないものだ。

独身の20代はロードグライドに乗って、世帯を持った30代はまったく乗ることができず、先月に40歳の誕生日を迎えてもっと落ち着いたオッサンになってくのかと思いきや…予想に反して40代はずっとずっと刺激的な時期になりそうだ。

これからよろしくな、Tryfinity Ⅱ 。

ブチッ

おりょ…クラッチワイヤーが⁉︎

(続く)