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実際の時間にしてはわずか数秒だったと思う。
でも、全身でアスファルト上をスライドしてから止まるまでは数時間にも感じられた。
数メートル先には、ヘッドライトをこっちに向けてた状態のセローが横倒しになっている。地面に叩きつけられた側のパニアケースは完全に破壊されたのか、蓋が吹き飛んでいた。
「あーやっちまった…」
まず襲ってきたのは、自分が調子に乗ったせいでこんな事になってしまったという後悔。壊れたセローも果たして動くのか。そして立ち上がろうにも右脚がうまく動かない。
「おーい!大丈夫かー⁉︎」
追いついてきた友人がバイクを降りて駆け寄ってきた。彼の肩を借りて何とか起き上がるものの、右足首にほとんど力が入らない上、体重を掛けると激痛が走るので自立することが難しい。右にこけた時に車体との間に挟まれたか…
そしてジーンズの右膝の部分はビリビリに破け、アスファルトにおろし金のごとく擦り下ろされた皮膚が露出している。真っ白なその肉は砂を噛み込み、少しづつ血が滲んできていた。意外なほどに痛みは小さいものの、すぐさま洗い流して消毒しないとまずい。自走できるかわからないけど、とりあえず横倒しになったセローを起こそう。
友人と一緒にセローに手を掛け始めると、ふと声を掛けられた。
「大丈夫ですか⁉︎」
顔を上げてみると、対向車線に止まった白いフォルツァから40代ぐらいのメガネの男性が駆け寄ってきてくれた。3人で車体を起こし、お礼を言いながらセルボタンを押してみたものの、まったく反応がない。「こりゃレッカーかな…」と暗澹たる気持ちになったものの、ギヤが3速に入ったままなのを思い出し、ニュートラルに戻すとすんなりエンジンが掛かってくれた。
そして路上に転がっていたパニアケースの蓋と破片を集めてケース下半分に入れ、なんとかシートに跨がってみた。ハンドルは右側が大きく曲がり、ちぎれたグリップはスイッチボックスと一緒に脱落しかかっている…が、幸運にもスロットルはいつも通り動いた。
僕たちはゆっくりと走り出し、宮ヶ瀬湖北岸の「鳥居原ふれあいの館」へ到着。ここには宮ヶ瀬湖全般を見渡せる広い無料駐車場があり、地元・清川村の特産品を集めた売店や食堂、自販機、そしてトイレも充実しているため、車好きやバイク好きが多数集まる人気スポットだ。特に週末は県外ナンバー車も含めたカスタムカーが沢山駐車場に並び、オーナー達が宮ヶ瀬湖をバックにコーヒーを飲みながら仲間と談笑している光景が当たり前の場所なのである。
そんな場所に血だらけのボロボロの右脚をプラプラさせながら壊れたバイクが入ってきたもんだから、ほぼ全員からのギョッとした視線が突き刺さることになってしまった。ただしひとつだけホッとしたのは、二輪車スペースに止まる時にリヤブレーキを掛けられたことだ。なんとか動いた右足首、骨折は免れたのかもしれない。
とにかく砂を噛み込んだままの傷口を洗わなきゃ。友人の肩を借りながら身障者トイレの手洗い場へ行き、蛇口を捻って冷たい水をバシャバシャと真っ赤な膝に当てた。傷口に当たった水が赤い飛沫となって辺りに飛び散るのを見て、これからしばらく病院通いの日々になることを覚悟した。
「おーい、傷の手当てをしてもらえるってさ!」
ガーゼ等を探しに売店へ行っていた友人の声が外から聞こえたので、ひとまず彼の肩を借りながら店内へ行ってみることにした。
(つづく)