僕は事の顛末を説明すると、担当刑事は1つ1つ復唱して確認しながら熱心にカタカタとPCに打ち込み始めた。

彼は見たところ50歳ぐらいだが、相手にストレスを与えないスピードで質疑応答しながらPCに漏れなく入力するのは結構大変なはずだ。2年ほど前に自転車が盗まれた時に巡査にお世話になった時も思ったが、少なくとも警視庁管轄の警察は総じてレベルが高くて感動してしまう。かつてひき逃げや盗難に遭った時の神奈川県警のおざなりな対応とは次元が違うのだ。

そして、調書に書いた傷害事件の再現写真を撮るためになんと担当刑事の他に2人の刑事が新たに登場。それぞれ加害者役、被害者役に扮した2人に状況をリアルに再現してもらって、それを担当刑事が熱心に何枚も撮影するという徹底ぶりだ。すげぇ、ここまでやってくれるなんて…パンチ一発食らった程度でなんか申し訳なくなってきたぞ。

その後「こちらも当然出されますよね?」と担当刑事から被害届の用紙を渡された。さっき移動中にスマホで犯罪被害について調べたら「被害届の提出を必ず申し出る」と出ていたけど、まさか言う前から出てくるとは流石警視庁である。

ふと、部屋の入口から外を見たら別の小部屋で刑事と対面しているあの憎たらしいオッサンがチラッと見えた。別々に聴取されていたとはいえ、意外と近くに居たようだ。奴は今どんな感じで応じているのか、気になったので訊いてみると…

「自分は殴ってなどいない、と言ってるそうです」

…は?

怒りを通り越して思わず噴き出した。
全部防犯カメラに映ってるのにこいつは本物の馬鹿なのか?そんな見え透いた嘘をついたら警察からの心象は最悪だろうに、見苦しく保身に執着してるのか、くだらんプライドで引っ込みがつかないのか、それとも謝ったら死んじゃう病なのか。
とにかく、将来こんなみっともないオッサンにだけは絶対なるまいと心に決めて被害届を提出した。

「お疲れさまです。検察に逮捕状を請求したので、午後には逮捕されると思いますよ。警察が感情を持ち出してはいけないんですが…あいつは許せないので」

担当刑事の心強いお言葉。
地獄に仏とはまさにこのことである。

というかあのオッサンはよっぽど心象が悪かったんだろうが、どうしてここまで墓穴を掘るのか…という気持ち共に一抹の不安が頭をよぎった。悪人の中でも特に狡猾な奴には関わりたくないが、後先考えない馬鹿も危険だ。もし今回の相手(馬鹿)に変に逆恨みでもされて、釈放後に「うぉぉぉテメーのせいで俺はァァァ‼︎‼︎」とか街中で金属バット振り回されたらたまらない。

そんなこんなで、調書の作成と被害届の提出を終えてようやく警察署を出た。腕時計に目をやると既に13時過ぎ、雲ひとつない平日の昼下がりという贅沢な仕事休みをこんかくだらない事に使ってしまうなんて…

警察署の外で軽い自己嫌悪に浸っていると、今さらながら腫れ上がった顔面がズキズキ痛み出した。そうだ、まだやる事があるのだ。

僕はスマホを取り出し、最寄りの病院を探し始めた。

(つづく)